いわゆる「人喰いバクテリア」について
theLetter での記事の2回目の配信になります(予告より遅くなりました)。
さて、今回の記事では、最近、発症者の報告が急激に増え、メディアなどで「人喰いバクテリア」などとして取り上げられている、劇症型溶血性レンサ球菌感染症(iGAS)について、簡単に解説したいと思います。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症の概要と、何が問題か、治療や予防はどういったものがあるのか、をまとめます。
発症者が増えている
最近のニュースで、劇症型溶血性レンサ球菌感染症(げきしょうがたようけつせいれんさきゅうきんかんせんしょう)について、患者の報告が急激に増え、過去最高の数になっていることが報じられています(例:NHK、読売新聞)。テレビやラジオだけでなくネットニュースにも多くでていているので耳にされた方も多いのではないでしょうか。海外のニュースでも日本での流行が結構話題になっています(実は数年前から最近まではヨーロッパでより流行っていたのですが)。
この疾患は、発症すると致死率も高く、また、死亡しなかったとしても四肢切断を始めとする外科処置などが必要となることも多い大変「重い」感染症です。メディアでは「人喰いバクテリア」とセンセーショナルに報じられることもありますが、実際、発症した患者を診るとその形容が決して大げさすぎるとは思いません。適切に恐れる必要のある疾患です。
私は研究者としてはウイルス学が専門で、細菌については…あまり詳しくはない(この疾患の患者も実際には数人診ただけ)のですが、身近な専門家に話を聞きつつ、今回はこの疾患について簡単にまとめます。
さて、ニュースでは症例数が増えていると言っていますが、実際に劇症型溶血性レンサ球菌感染症はどのぐらい多く報告されているのでしょうか。
感染症法によって国立感染症研究所が実施している感染症発生動向調査-週報(IDWR)や年報のデータをダウンロードしてグラフ化してみたものが下の図です。
明らかに増加していますね。特に昨年(2023年)末から本年にかけての増加は激しいものがあります。この増加を受けて、国立感染症研究所の病原微生物検出情報(IASR)にも記事が掲載されています。世界的にも注目されており、日本での流行が海外のメディアでも話題になっています。
疫学的・歴史的な事項
疾患についてみていきましょう。
「人喰いバクテリア感染症」は、もちろんメディアがつけた名称であり、正式には劇症型溶血性レンサ球菌感染症(または、侵襲性溶血性レンサ球菌感染症 Invasive group A streptococcus infections; iGAS)といいます。
1987年にアメリカではじめて報告された「細菌によって」引き起こされる感染症です。日本での最初の症例は1992年に報告されたもので、以降、毎年これまでは 100〜200人程度が確認されてきています。
iGAS のなにが怖いかというと、発症すると致死率が約30%程度もあることです。また、発症者は特に30歳以上の大人に多いことが特徴的です。
原因となる病原体は主に、A群レンサ球菌(group A streptococcus: GAS、後述)という種類の細菌で、種まであげれば特に Streptococcus pyogenes というものが主体ですが、このタイプの菌だけではなく、B群、C群、G群の溶血性レンサ球菌も、このような重症感染症の原因となり得ます。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS を含む)
iGAS のうち、溶血性レンサ球菌性毒性ショック症候群(streptococcal toxic shock syndrome; STSS)という重症の病態があります。
STSS の病態は、初期症状として四肢の疼痛、腫脹、 発熱、血圧低下などがみられ、発症から数十時間以内には、筋肉などの軟部組織の壊死、急性腎不全、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、播種性血管内凝固症候群(DIC)、多臓器不全(MOF)などを引き起こし、ショック状態から死に至ることもあるもっとも重症なものです。
この STSS という病態は、感染症法において 5類 全数把握疾患と定められています(溶連菌感染症はさまざまな病態がありますが、すべてが報告されるのではなく、STSS となった場合に報告されることになっています。)
届出に必要な要件は、ショック症状に加えて肝不全、腎不全、ARDS、DIC、軟部組織炎、全身性紅斑性発疹、中枢神経症状のうち、2つ以上があり、かつ、通常無菌的な部位(血液など)等から β溶血を示すレンサ球菌が検出されることとなっています。
全数報告として溶連菌感染の一部が報告されている、ということが重要ですね。
ちなみに、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎という同じ菌が起こす「喉風邪」は感染症において5類感染症定点把握疾患となっています(全数は把握されない)。
臨床症状
ここからはまず、STSS についてみていきましょう。
STSS の最も一般的な初期症状は、四肢を主体とする、感染部位などの痛み(疼痛)であり、急激に始まります。順序的にはその後、全身症状が見られることが多いようですが、痛みが出る前に、発熱、悪寒、筋肉痛、下痢のようなインフルエン ザ様の症状が20% の患者にみられるとの報告もあります。
溶血性レンサ球菌(いわゆる溶連菌)
原因となる病原体である溶血性レンサ球菌はどのようなものなのでしょうか。
溶血性レンサ球菌にはさまざまな種類がありますが細胞の外側を覆っている細胞壁の多糖抗原の血清型に基づいて A群 から U群(欠番あり)に分類されています。
A群溶血性連鎖球菌(Group A streptococccus)のことを GAS と略します。
分類として GAS は、菌の表面にある M タンパクの抗原性から130種類以上の血清型に細分化されています。さらに、M タンパクの抗原決定部位の配列情報をもとにした emm 分類というさらに細かい分類がなされます。
菌の分類は難しいものですが、iGAS(STSSを含む)の多くは、GAS によってひきおこされており、さらに種まで言えば、Streptococcus pyogenes (S. pyogenes)という種類の菌により引き起こされることが多いことがわかっています。
ではこの菌は特殊なものなのか、めったに現れないものなのか、というと、実はそんなことは全くなく、一般的に GAS は咽頭炎や扁桃炎などを引き起こすほか、猩紅熱、産褥熱などの全身性炎症を起こすこともあるものです。
「喉風邪」「扁桃腺炎」などは一般的ですよね。こういったものの一部は GAS 感染症なのです。
その他、咽頭炎後に免疫交差反応などのために腎障害を起こすことなども知られていますが、昔はそれほど脅威として捉えられることのなかった細菌であると言えるかも知れません。
ところが、先に述べたように、1980年代ごろからは、血液や組織の中に GAS が侵入するiGAS・STSS が世界各国で報告されて、注目を浴びるようになりました。主に欧米メディアで「人喰いバクテリア('Flesh-Eating Bacteria')」と報道されて騒ぎになったのです。
先にも述べましたが、実際に症例においては、分単位で進行することもあるような急激な経過をたどることもあり、医療者や研究者は STSS の仕組みを解明して予防や治療に結びつけようとしてきています。
S. pyogenes M1UK lineage(UK系統)
現在日本において、報告の増えている GAS による STSS (実は GAS 咽頭炎症例も)では、2010年代にイギリスで流行した、病原性と伝播性が高いとされる S. pyogenes M1UK lineage(UK系統)というものが多く検出されています。
これはどういうものかというと……、GAS は細かく分類されますが、emm 遺伝子配列で分類された、emm1型であるM1型というもの、かつ、イギリスで流行した系統のものです。
さらに、ヨーロッパ、北米、オーストラリアなどでは UK系統 が M1型 の中で主要な分離系統となっています。その中でもUK系統は、他の M1型 より毒素の産生量が多く、さらに伝播性も高いと考えられています。
「劇症」となる「原因と仕組み」
細かい情報ばかりで混乱したかもしれませんね。
分類がごちゃごちゃ細かくてわかりにくいのは、まぁ、仕方がないとして、特に、「喉風邪」(咽頭炎)や扁桃腺炎を起こす菌と iGAS・STSS を引き起こす菌が「同じ」というのは困惑させる原因になるかなと思います。
それはプロである研究者にとっても同じなのです。
どういうことかというと、同じ GAS、さらに言えば例えば、S. pyogenes M1UK lineage(UK系統)であっても、咽頭炎程度ですむこともあれば、STSS を引き起こすこともあり、さらに言えば、何がそれを分けているか、研究は多くされているものの、まだよく分かっていない、のです。
なぜ重症化するヒトとしないヒトがいるか、メカニズムのレベルで明確に説明できる状況にはなっていません。そこがこの STSS の難しいところの一つであるのは事実です。
GAS は飛沫感染や接触感染でうつってきます。体に入ってきた菌は、付着し、ヒトの免疫機構をさまざまな仕組みを駆使してうまく回避し、細胞に侵入するなどします。定着・感染できると、今度は増えながら、様々な外毒素を産生して、周囲の細胞や組織を傷害していく、そういう風に考えられています。
菌はウイルスよりもずっと複雑で、例えば GAS の持っている SpeB はタンパクを分解して周囲の軟部組織を破壊し、菌の深部への侵入を助けることが知られているなど、多くの成分がさまざまな仕組みで人体へ悪影響を与えます。
STSS ではショックが起こることが多くあります。
黄色ブドウ球菌という菌でも毒素性ショックが起こるのですが、それと同じように「スーパー抗原」というものが原因となっている可能性が考えられています。ただ、これが決め手、というものの同定はなかなか難しいようです。GAS のスーパー抗原候補としては、SpeA,SpeC,SSA、MF、SpeG〜M、SMEZ1、SMEZ2 など多数があるようです。1つの菌でこれだけ多くのスーパー抗原を有する例はあまりないようです。
このように菌の(成分の)検討も、ヒト側の免疫の(異常の)検討もされているものの、まだ、どういう菌の種類・性質・状態、どういうヒト側の要因、あるいはそれらの組み合わせの場合に STSS となってしまうのか、は明確には分かっていません。
なので、GAS に感染したら誰が(どういう人が) STSS になるか、STSS になる確率は、などの質問には答えられないのが現状なのです。なので、医療解説記事などでも(プロ向けであっても)、原因についてやメカニズムについて、そしてリスク因子(年齢以外)についてはあまり詳細に断定的には触れられていないのですね。
ようは、まだわかっていないことがとても多い、という状況にあるのです。
診断法について
ではiGAS はどうやって診断するかというと、これはしっかり分かっています。
臨床症状にくわえて、病院で検査キットや培養を行うことで菌を推定・同定することによります。通常は無菌である体の部位(血液、脳脊髄液、胸水、腹水、手術創など)の 細菌検索をすることも重要です。
STSS では流れる血液の中に菌体が多くみられる菌血症を起こすことが多いため、血液の培養などは特に重要になります。
治療法について
iGAS・STSSの治療は、基本的には抗菌薬を投与することですが、外科的な処置が必要となることもあります。
抗菌薬としてはペニシリン系薬が第一選択薬となっていて適切な選択が重要です。また、iGAS が疑われる場合には、毒素産生を抑制するためにクリンダマイシン併用を考慮するとの報告もあります。免疫グロブリン製剤の効果も報告がありますが、基本は抗菌薬投与であり、あまり複雑なことはしません。
抗菌薬投与だけで改善すればよいのですが、軟部組織などが壊死に陥った場合などには、できるだけ広範囲に感染病巣を、外科的に切除することが救命に重要となります。手足の切断なども救命のために行われることがあります。
予防法について
ワクチン・予防投薬もないため、基本的な飛沫予防策+接触予防策を実施するしかありません。
マスク、手洗いが最も重要であると考えますし、咳エチケットはもちろん、咽頭炎などの症状がある際には外出しないことでうつさないことが大切です。
怪我については、よくよく流水で綺麗に洗い流すことが大事かもしれません。
iGAS と診断または疑われた患者については、個室隔離をして有効な抗菌薬開始後24時間は、原則隔離として必要に応じて延長する、といった処置が必要になります。
まとめ
2023年夏以降に日本において、GAS による iGAS・STSS 症例報告数・死亡数の上昇がみられています
定点報告においても GAS 咽頭炎の報告数増加があり、菌の種類としては UK 系統も集積してきている状況です。
感染後、誰が STSS を発症するかはわかりませんし予言できません。
発症頻度も感染数がわからないこともあり、わかりません。
そうなると、予防と、発症後の早期受診・治療開始が重要になります。
感染予防策(マスク、手指衛生)をしっかりとることが重要であり、発熱などをともなって手足などが痛むような症状が出た場合には、早期受診することが大切です。
医師側も病態をよく知り、鑑別に挙げるとともに、丁寧に患者を診ることが重要と言えるでしょう。
怖がり過ぎる必要はないと思いますが、注意はしておき、出来る対策はとっておくのがよいと言えると思います。
おわりに
今後も健康関連・医療関連の記事や、普段考えていることなどを書いていきたいと思います。書いていくネタも常に募集いたします。
最後に宣伝。 「病理医が切実に伝えたい 病気の仕組みと予防の正解」(マガジンハウス)という書籍を出しました。一般向けを意識してわかりやすく書いたつもりです。
是非お手にとってみてください。
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国立感染症研究所、A群溶血性レンサ球菌による劇症型溶血性レンサ球菌感染症の50歳未満を中心とした報告数の増加について(2023年12月17日現在)
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厚生労働省, 複数国における猩紅熱と侵襲性A群溶血性レンサ球菌感染症の増加, Disease outbreak news 2022年12月15日, 厚生労働省検疫所FORTH
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国立感染症研究所, A群溶血レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)検査マニュアル(劇症型溶血性レンサ球菌感染症起因株を含む)2024年1月版
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